東京に出たのが昭和45年の春でした。
大学へ無事入ることが出来、東京の街へ出て来たものでした。
その時の記憶として、山の手線があまりにも混んでいたので思わず、一本やり過ごしたのですが、その後の電車も満員電車ばかりでなかなか乗り込めなかったことがあります。
モノレールから降りて浜松町駅のことでした。
そこから渋谷へ向い、東横線に乗り換えるまでがとても不安だったことも覚えています。
これからこんな大きな町で過ごすことになる、そんな自分がとても不安でした。
ですが、さすが18歳の若者でした。
2週間もした頃は、ごく普通に通学が出来るまでになっていました。
横浜港北区の日吉からお茶の水の大学までの通学は、苦痛でもありましたが、また楽しいものでもありました。
そんな中、渋谷の街は私にとって生活の街にもなったのです。
そういえば渋谷区 土地探しもいろいろと行いましたね。
新しい情報、映画、ファッションなどすぐに取り入れることも出来たのが渋谷の街でした。
駅前から道玄坂に至る道は、若者であふれていたのです。
それは学生たちが安保闘争や安田講堂事件などから卒業し、普通に生活に戻っていたこともあったのです。
そんな時の渋谷区は、素敵な街でもあったのです。